■第6回/世界と全く違う日本の「ホームティーチング」!!

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    末日聖徒イエス・キリスト教会には、家庭を補佐する「ホームティーチャー」がいる。

    ホームティーチャーは家族を見守る2人1組の男性で、教会では彼らを「神権者」という。いざという時に助けてくれ、家族や個人の相談事に乗ってくれる。

     

    勿論、機密は守ってくれるし他言はしない。監督会や神権指導者に、事情を伝える場合も、事前に伝えていいかどうかの確認を取ってくれる。

     

    このシステムを「ホームティーチング」といい、字の如く「家庭で教える」だが、勉学を教えるのではなく、あくまでも「家庭を強める助け手」という意味である。

     

    男性2人の構成は、一方が年配で他方は少し若いか、あるいは青少年である。後者の場合、シニアがジュニアを訓練し、将来は立派なホームティーチャーになれるよう一緒に行動する。

     

    日本のホームティーチングは、ワード部か支部の指導者が、「あなたは、A家族と、Y家族と、G兄弟を担当してください」と決めていく。

     

    しかし、早い場合は数か月から半年で担当家族が変わり、「今度はE家族、j姉妹を担当してください。その代わり、A家族とG兄弟は別のホームティーチャーが担当します」と言われ、数行の細長い紙切れを渡される。

     

    そこには受け持つ家族の氏名、住所、電話番号が記され、くれぐれも落としたり無くしたりしないよう言われる。最近では、ホームティーチャー同士の担当家族がそれぞれ分からなくされているようだが、いつからそこまで秘密にするようになったのか?

     

    こうして担当家族が待つ家に赴く2人のホームティーチャーは、家に上げてもらった後、「リアホナ(以前は聖徒の道と言った)」という教会誌を開き、冒頭の「大管長メッセージ」を伝え、重要な部分を読むか、皆で一緒に読む。

     

    今や無料でリアホナをダウンロード出来る時代にも関わらず、大管長メッセージを知らない時代<広大なアメリカでは、エンザイン(聖徒の道)が行き渡らない時代があり、アラスカでは大雪の中、橇でまる一日かけて教会に来る時代があった>の習慣を未だに継続する姿に違和感を感じても、マニュアルにあるから仕方がないと思って従う…

     

    いや、マニュアルにあるから大丈夫と思うようになる‼

     

    真面目な家族ほど、皆でリアホナを先に読んでいるにも関わらず、ホームティチャーが同じ事を最優先にやるので従うしかない…

     

    何故ならマニュアルに最初にそれをやると書いてあるからだ。

     

    それさえ伝えたら、10〜15分で家を出るのが相応しいとあるのは、アメリカで過去に前述したような歴史があり、今もヒスパニック系など貧しく家族で本も買えず、ネット環境もない人達の為の仕組みでもある‼

     

    こうして簡単な教会の話をして、早々に家を退散する。次のリアホナを取っている家族の所へ大管長メッセージを伝えに向かう為である…

     

    典型的な日本のホームティチャーは大体こういうホームティーチングを行う。

     

    ここで重要なポイントは、日本の末日聖徒イエス・キリスト教会は、「指導者が担当家族のホームティーチャーを決めている」ことである‼

     

    更に言えば、日本では恒常的に半年から1年少しで、担当家族のホームティチャーが別のホームティーチャーに変わる。

     

    仮に同じワード部(あるいは支部)に数十年以上いれば、殆どの神権者が自分のホームティーチャーになっている。

     

    そんな状態で「ホームティチャーに家族や個人の相談事があれば何でも相談してください。機密は守りますから」と言われても、次々とホームティチャーが教会の都合で入れ替えられる為、その内に全員に機密が知られることになる…

     

    この矛盾に対し、おかしいと気付くべきだが、マニュアルがそうなっているから仕方がないと思い込む、一種の「思考停止」に陥っているため、誰も次の行動に出ようとしない。

     

    そもそもそんな「マニュアル」があるのかさえ分からない⁉

     

    ホームティ―チャーを次々入れ替えても構わないとするマニュアルが無いなら、いったい日本の教会指導者の誰が‟ソレ”を決めたのか?

    どう考えても、日本の教会のホームティーチングはおかしい…

     

    そう気づく頃には、また次のホームティーチャーが召されるため、そのままの流れを受け入れるしかない。なぜなら、どの家の家長(神権者)も、全て他の家族のホームティーチャーだからだ。

     

    これが「ヨ〜イドン!」で、ほとんど一斉に入れ替わるので、自分がその動きを止めるわけにはいかないのである!!

     

    こうなると人間は、「こういうものなのだろう」と思い込んでいく。これも「同調圧力」の一つである。

     

    では、アメリカなど世界の末日聖徒イエス・キリスト教会のホームティーチングを見てみると、日本と全く違う現実が見えてくる。

     

    ↑(前)駐日イスラエル大使で(現)アリエル大学学長のエリ・コーヘン氏

     

    ソルトレイクに本部があるアメリカの末日聖徒イエス・キリスト教会と、海外の主だった国の末日聖徒の教会のホームティーチングを見ると、日本の教会と真逆なのが分かる。

     

    基本的に、ホームティーチャーを選ぶのは指導者ではないく、受け入れる家族がホームティーチャーを選択(指名)する‼

     

    末日聖徒の基本は家族や個人が主であり、指導者は従である。このことはイエス・キリストが間違えようのない言葉で明確に述べている。

     

    「そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。『あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」 (「マルコによる福音書」第10章42〜45節)

     

    皆に仕える者とは‟従”の者であり、羊飼いである指導者は、羊である一般メンバーの意向を先に汲み取らねばならない。それを指導者が自分の意向を優先させたら、その者は「城主」であり「羊飼い」ではない。

     

    さらに、ホームティーチャーは、担当家族が他所に引っ越しするか、担当する個人が亡くなるまで、その家族の一生のホームティーチャーである!!

     

    日本の教会のように、指導者の一方的考えや、組織の都合で家族を無視して変えてはならないのである。

     

    さらに女性メンバーを見守るのに「家庭訪問」があり、「家庭訪問教師」が2人1組で担当する。

     

    全てではなくとも、基本的にアメリカの末日聖徒の教会は、ホームティーチャーと家庭訪教師の二組のうちどちらか一方は夫婦で、時には二組の夫婦で一軒の家族を助ける。その多くは一生の付き合いとなり友情で結ばれている。

     

    シニアが連れていくジュニアは、そのシニアの子供の場合が多く、シニアの子供が独立したり、新婚や独身で子供がいなければ、他所の家の青少年を預かり、将来のホームティチャーとして育てていく。

     

    仮に例外があるとしたら転入時くらいで、その場合は、監督や神権指導者が、転入家族の意向をよく聞いて、その家族に見合う人物を取敢えずは選ぶことになる。

     

    特定の人物にホームティチャーの依頼が集中するのは困る‼」というのは、個性、才能、人よりも、組織の維持や都合を優先する「官僚主義者」の詭弁で、皆がそういう理想的なホームティーチャーを目指せばすむだけの事だ。

     

    仮に10家族を担当する事態になったとしても、その人にその召しだけをやってもらえばいい。神に与えられた「鍵」は人のために使うのであり、組織維持や許認可権の維持が目的ではない。

     

    日本の教会の場合、一度気の合わないホームティーチャーが来たら最後、そのホームティーチャーがよその家族に変わるまで我慢しなければならない。

     

    というか、ホームティーチャーが召されても、その家族に来ないことが多く、行う方も受ける方も間違ったやり方の犠牲者であり、日本人の教会公務員や指導者の本末転倒がまかり通って、何も知らない一般メンバーはそれで正しいと思い込んでいる‼

     

    日本の場合、基本的に上が全てを決める為、多くは形骸化し、時々、訪問数を伸ばす目的で「ホームティーチング月間」なるものが編み出され、数が目的のホームティーチングが集団的に行われる。

     

    本部に提出する訪問件数が足らない場合の穴埋めや、数年ごとの定期慣例的な「官僚主義発作」みたいなもので、お休み会員の為としながら、多くは単発で終わるため継続性がなく、ほとんどが無意味に終わる。

     

    これらは昔の日本人教会指導者(主に教会公務員)が編み出したローカルルールで、自分たちが全ての決定権を握る為、ホームティーチングも、見かけはワールドルールと似てはいても別物に変質している。

     

    そしていつの間にか、‟問題が無い”ことが日本の教会の美徳となり、家族や個人の問題を吸い上げることが出来ず、心ある者が個人的にカバーしているだけである。

     

    日米で事情が違うから仕方がないでしょう」というのは、官僚主義者の典型的な詭弁である。彼らは言い訳に手慣れ、視点をずらすのが得意で、いつも煙に巻いて胡麻化すことに長けている。

    ホームティーチングの根幹となる優先順位の第1位が「人=羊」ではない点が大問題なのだ!!

     

    官僚主義下では、ホームティーチングという「プログラム」、あるいは「プログラムを行う」ことが第1位になる。最悪は訪問件数の「」が目的になる…

     

    だから、召されても(担当家族や個人の指名ではないので)何ヵ月も行かない事態が起きる‼

     

    事務的に宛がわれるのと、求められてなるのとは、心構えが違うのは人間なので当たり前だ‼

     

    ホームティーチングは、官僚主義で押し付けられる義務ではない‼

     

    これが日本の官僚主義的なホームティーチングの実態で、元であろうと現役であろうと、日本人の教会公務員(の腐った者)が放つマニュアル主義が、一般メンバーを思考停止に陥れている。

     

    かくして「一生涯のホームティーチャー」となる特権は、日本の教会公務員達のローカルルールとマニュアル主義で捩じ曲げられ、日本中の教会指導者達は、それが正しいと思い込んで全面協力している。

     

     

     

    「日本の(教会の)老害圧力」サイト↓

     


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